新型コロナ検査キット配布

query_builder 2021/03/22
雑感

新型コロナ検査キット配布~
~素朴に思うこと…


今日、いまだ、コロナウイルス感染問題が続いています。感染力のより強い変異型が心配されています。


幸い、有望なワクチンが出てきたので、(全世界ではまだでしょうが)少なくとも国内では、年内ぐらいなら、終息状態には持っていけるのではないかと大いに期待はしているところです。


しかし、それまでに、変異型ウイルス感染拡大とワクチンの供給の競争で、どちらが勝つか、というと心配は払しょくできません。


私は、去年、の今頃だったか、最初の緊急事態宣言が始まるかどうかという頃だったと思いますが「検査キットの全国配布体制を考えてみてはどうか?」とこの自身のホームページで言いました。


この意見は、内閣府、厚生労働省の各サイトで、意見募集欄がありましたので、意見を送りました。


また、5大新聞社にも、サイト・地域の出張所にも、意見を送りました。いずれも、取り上げられることはありませんでした。


そこでの、根底にある素朴な思いは、人々が検査機関に行くと、陽性なら、大騒ぎをされて「隔離だ、誰とあったか?」など、ともすると社会的に抹殺されかねない恐怖もあるから、積極的になれないのではないかということです。


また、行政・医療機関についても、あまりに多く判明したら、例え、無症状者でも、大掛かりな対応をせねばならず「いっそ、知らないほうがいい」「世間的に、それなりの対応をしなければならないから、知りませんでした状態でいよう」ということではないでしょうか?
「医療崩壊の懸念があるから、検査を制限は拡げない」と、多くの行政トップの人達が言っていたように思います。


同じことを言い方を変えるだけで、世間の受け止め方はこうも違うものかと不思議に思います。


いずれにせよ、感染を止めるのは、無症状で、自分が感染してることを気づかなかった方に自分の感染を自覚してもらうことが大事だと思います。


確かに「自分が感染してるかもしれない」との思いで、ちゃんとマスクをつける、手の消毒はする、と言うのが大事だと思いますが、そうでない方もたまに見かけます。特に、仲間と一緒の食事は、つい忘れて、マスクを外して、大きな声で盛り上がっている人も最近見かけます。


もし、検査キットが目の前にあり、誰にも知らせなくてもよい、ということならば、ほとんどの人が自分で検査するでしょう。そこでもし、陽性だったら、多くの場合、その人の行動は変わるでしょう。
黙っていたとしても、親友や親族に「移してもいいや」と考える人は圧倒的に少ないと思います。


親友や親族でなくても、職場の同僚や取引先の人、学校の級友などでも同じで、少なくとも、自分の軽率な行動で他人に移したら、発覚した時、怖いということになるでしょう。


都知事がフリップを掲げたのも、政府がテレビなどで、盛んに呼びかけたのは、慎重な行動を皆さんに求めているのですから、無症状の方に「自分が感染してる」ということを自覚してもらうことが大事だと思います。


確かに、検査キットの性能の問題もありますので「キットの限界があり、検査結果が100%ではないので、陰性が出ても、油断はしないでください」と、口を酸っぱくして、政府・行政が呼びかけることも忘れてはならないでしょう。


いずれにせよ、感染していない人は他人に感染させることはありません。感染してる人が気づかず、他人に感染させてしまっていることが問題ではないでしょうか?


全国配布でなくとも、少なくとも、上記の狙いに沿うような、対策を進めるべきだと私は思います。


当たり前のこと、素朴な思いに立ち返って、対策を立てる必要があると私は思います。


この「素朴な思い」というのは、私が大切にしている言葉です。


私が政治に関心を持ち、一旦は議員になったのは、私が感じた「素朴な思い」が当たったと感じたことがありました。それは、ソ連の崩壊でした。ペレストロイカ等の政策がゴルバチョフさんが始めたとき、私は20代でしたが、疑問を持ちました。


「これをやれば、ソ連はいよいよ雪崩を打って崩壊するのが目に見えているのに、(大国のトップをやるぐらいの人だから)私より物は見えてるだろうに、なぜ、やるんだろう。もしかしたら、人類の平和のためを思って、潰れることがわかりながらやっているのかな?あるいは、私ごときが思い至らない事情があって、うまくいくということなのかな?私の見立てが甘いのかな?」と思いながら眺めていました。
そうしたら、私が感じたことが、まるで絵に描いたように、私の目の前で起こりました。


正直、驚きました。


その時「自分の性格は政治家向きではないので、脇役で政治家をサポートしようと思っていたが、もしかしたら、自分は物を見る目を持っているのかもしれない。一回、議員というものをやってみよう。」と思いました。


その後も、節目節目で、自分の見立てが当たったのを、経験しました。


今日、思うのは「自身の感情に囚われず、自然に、素朴に感じられたことは意外と当たるな」ということです。もしかしたら、たまたま、偶然かもしれませんが、いずれにせよ、上記のような実体験から、素朴に思うことは世間の何かのヒントになるかもしれないので、意見してみました。

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